山野 凱章(やまの よしあき、1938年9月22日 - 2007年3月10日)は、美容用品綜合商社株式会社ヤマノの元取締役。
山野愛子の次男として生まれる。
糖尿病腎症のため2007年3月10日午前0時56分死去。享年68。2007年3月16日、増上寺で葬儀が行われた。
初代山野愛子の次男として生まれ、美容家山野愛子ジェーンは姪に当たる。
私生活では美容家で国際魅力学会会長のマダム路子と結婚、二男二女の子供に恵まれたが離婚に至る。
路子が引き取った子らは、長女はヘアスタイリスト、次女はシナリオライター・エッセイスト、長男は映像プロデューサーとなった。 そして最も幼少であり、父の記憶は皆無に等しかった末っ子(次男)がお笑い芸人の品川庄司の品川祐である。
凱章・祐が"再会"を果たしたのは祐の高校入学時であったが、その後ほとんど面と向かって会う事は無かったという。ただ祐に内緒で舞台を見に来るなどはしていたという。
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